大阪地方裁判所 昭和60年(わ)144号 判決 1986年1月08日
主文
被告人を懲役一四年及び罰金六〇〇万円に処する。
未決勾留日数中五〇〇日を右懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは、金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
押収してあるビニール袋入り覚せい剤白色結晶八袋(昭和六〇年押第二六一号の7の1ないし8)を没収する。
被告人から金二億六二一一万九七六二円を追徴する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、営利の目的で、
第一 A、B及びドミニカ共和国の駐台湾大使であつたCらと共謀の上、台湾から覚せい剤を密輸入することを企て、右Cが、昭和五八年一〇月二八日、フエニル・メチル・アミノプロパン塩酸塩を含有する覚せい剤結晶約三五キログラム(昭和六〇年押第二六一号の7の1ないし8はその一部。)を同人の旅行カバン二個に隠匿して台湾中正国際空港から日本アジア航空二三二便に搭乗し、同日午後三時四二分ころ、大阪府豊中市螢池西町三丁目五五五番地大阪国際空港に到着し、その頃、同機から右覚せい剤を取りおろしてこれを本邦内に搬入し、もつて覚せい剤を輸入し、同日午後四時ころ、同空港内大阪税関伊丹空港税関支署の旅具検査場において、右覚せい剤の携帯事実を同支署係官に申告せず、同支署長の許可を受けないで右覚せい剤を本邦内に搬入するとともに、右覚せい剤に対する一一二五万五九二〇円相当の関税を免れ
第二 法定の除外事由がないのに、
一 昭和五九年五月一六日ころ、東京都新宿区西新宿二丁目二番一号所在京王プラザホテル三階南館ロビーにおいて、D及びEから、塩酸フエニルメチルアミノプロパンを含有する覚せい剤結晶約三キログラムを代金四八〇万円で譲り受け
二 Fと共謀の上、同月一八日、同区西新宿三丁目二番所在新宿ワシントンホテル一五階エレベーター前において、Gを介し、Hに対し、第二の一と同様の覚せい剤結晶九九五グラム(同号の1)を代金二二〇万円で譲り渡したものである。
(証拠の標目)<省略>
(弁護人の主張について)
弁護人は、判示第一の罪について、三五キログラムの覚せい剤のうち二五キログラムは、被告人のAに対する約一億四〇〇〇万ウォン(日本円約四〇〇〇万円)の債務の弁済に代えて本件密輸入前に既に同人に譲渡されていたもので、被告人には関係のないものであり、その余の一〇キログラムについては、これが右二五キログラムに上乗せされて密輸入されることは、被告人には全く知らされておらず、被告人の関知しないところであるから、結局判示第一の罪については被告人は無罪である旨主張するので、以下検討する。
一まず、代物弁済の有無について検討するに、なるほど被告人は、第一三回公判において、「昭和五七年一月ころから昭和五八年六月ころまでの間に、三回にわたり合計一億七〇〇〇万ウォンをAから借りていた。一方、被告人は台湾から韓国にカジキマグロを密輸入するため、Iに対し一二五〇万円(約四〇〇〇万ウォン)を先払いしていた。ところが、同年七月中ころ、被告人とAとが台湾に行つてIに会つた際、同人の言うのには、カジキマグロの方は、今は余り儲けにならないが、いずれ儲けさせてあげるから待ちなさいということだつた。その話があつた夜、AとIの間で覚せい剤の話が出たが、被告人は覚せい剤のことはよく分からないから金を返してくれと言つた。Iは金は全部使つてしまつて今ないから待ちなさいということだつた。被告人としては、Iが覚せい剤の密造をしていることはこの時初めて知つた。その際、IはAに対し、Iが密造する覚せい剤を日本まで運んであげるから、Aはこれを保管してくれてもいいし、売つてくれてもよいと話していた。同年九月末ころ、Aから前記借金の返済を求められ、同年一〇月八日、被告人は台湾に赴き、Iに対し前記先払い金の返済を求めた。Iは金がないので暫く待つてほしいということだつたので、Aに電話で事の次第を連絡すると、Aは同月一三日台湾に来た。Aと対策を協議した結果、金を返してもらう代わりにIから覚せい剤を提供させ、これによつてAと被告人との間の借金を解決しようということになり、一キログラム一七〇万円で計算し、三〇キログラム出させることに成功すれば一億七〇〇〇万ウォンの借金を棒引きにし、二五キログラムだつたら一億四〇〇〇万ウォンだけ棒引きにしようという話し合いができた。同月一五日A立合いのうえIと交渉し、Aの口添えもあつて、結局、被告人はIから覚せい剤二五キログラムを前記先払金の返済に代えて譲り受けることになり、Aに対しては、被告人がIから右覚せい剤の引渡しを受けたうえ持参する旨約した。翌一六日、被告人はIの内妻の家で右覚せい剤を受け取り、Aの宿泊するニューチェリーホテルまで運んで来たところ、Aから予め連絡を受けていたJら運び屋グループが来ていて、これを持ち去つた。」旨弁護人の主張に添う供述をしており、証人Aも、第九回ないし第一一回公判において、同人の被告人に対する一億四〇〇〇万ウォンの債権を、被告人がIから貰う二五キロの覚せい剤をAの所有とすることによつて清算した旨同旨の供述をしているのである。しかしながら、
1 被告人及びAは、いずれも捜査段階においては右のような供述は全くしていないのみならず、両名とも、二五キログラムの覚せい剤は被告人の所有であり、かつ、本件覚せい剤による取得利益中被告人の取り分と、被告人のAに対する借金返済債務との清算は、本件犯行後の昭和五八年一一月二日ころ韓国釜山において行つた旨具体的に計算の根拠もあげて明確に供述していること、
2 Aは、第八回公判においては、「被告人は、二五キログラムは自分の品物だから、それが日本に到着するまでは台湾に残る。品物が到着したら連絡してくれと言つていた。」旨証言し、第九回公判においても、当初は、「二五キログラムは、自分は被告人から貰う金があつたから、厳密に誰の物かと聞かれたら自分の物と言えば言えるという意味で言つた。自分の物だと言えるし、預かつた物だとも言える。」旨あいまいな証言をしていること、
3 証人Bも、第一二回公判において、「二五キログラムは、被告人の物だということはAから聞いておつた気がする。」旨供述し、また、Kに対する覚せい剤取締法違反事件についての証人尋問においても、Kが逮捕された時同人が所持していた一〇キログラムの覚せい剤について、「あれは自分たちの品物じやないから、損はないとAが言つていた。」旨供述していること、
4 昭和五八年一一月二日ころ、韓国釜山においてAから被告人に対し六〇〇万ウォン位支払われていることは証拠上明らかであるところ、右金員授受の趣旨あるいは右金額が決められた経緯について、Aは、第一〇回、第一一回公判において、「二五キログラムの覚せい剤を日本円で一キロ一七〇万円として計算し、それを韓国ウォンで換算し、一億四〇〇〇万ウォンを控除した差額を支払つたもので、それは台湾で自分と被告人とIの三人で計算して決めた金額である。」旨証言しているのである。しかしながら、かりに台湾で右のとおりの話し合いが出来ていたとしても、関係証拠によれば、右二五キロのうち八キロは、被告人がAに紹介したKが、いわば、どじを踏んだために警察に押収されたことが認められるところ、そうだとするとAは大損をしたことになり、事情が変わつたのであるから、右差額を支払うどころではない筈である。しかも、担保が入つているとはいえ、被告人にはまだ三〇〇〇万ウォンの借金が残つている筈であり、加えて、被告人は第一三回公判において、検察官の「覚せい剤二五キロを渡した時点で、もう代物弁済として一億四〇〇〇万ウォンの借金はなくなつたわけでしよう。それを、あとからまた六〇〇万ウォンを貰えるというのも変な話じやありませんか。」との質問に対し、「くれるから貰いました。私はくれとは絶対に言うてはいないのです。利子一つも払つてないから、Aが何を言つてきても私は請求する立場じやないんです。」と供述していること等に照らすと、Aが右に供述するような趣旨で台湾において決まつた右金額を、右のように後日事情が変わつたにもかかわらず、そのまま釜山で支払うということは、不自然の感を拭いがたいこと、
以上の諸点を総合して考えると、弁護人の代物弁済の主張に添う被告人及びAの公判廷における供述は、いずれもそのままには措信しがたい。これに対し、二五キログラムの覚せい剤の所有者が被告人であつて、その密輸の成功を確認し、かつ、その後の事情の変化についても双方で話し合つたうえで被告人の取り分とAに対する借金返済債務との清算を行なつた旨の被告人及びAの捜査段階における各供述は、いずれも合理的で不自然さがなく、具体的で真実性に富んでおり、かつ、その余の供述部分についても、いずれも公判廷における供述と大筋においては一致していること等に照らし十分措信できるというべきであり、この点、弁護人の主張は理由がない。
二次に、右二五キログラムに上乗せされて密輸されたその余の一〇キログラムについての被告人の刑事責任の有無について検討するに、Aは、第一一回公判においては、「一〇キログラム上乗せのことは被告人は気付いていたかも知れないが、自分の方から被告人に話したことはない。」旨証言しているのである。
しかしながら、Aは捜査段階においては、「運び屋との打ち合わせの際、L(以下Mという)から、運び賃だけでは儲けにならないので、二五キログラムとは別に自分らの覚せい剤を一キログラム当リ二〇〇万円で買い取つてくれるなら運び役を引き受ける旨の提案があつたので、右条件をのんでMからAが覚せい剤一〇キログラムを買つて、一緒に日本に運んでもらうことにし、その後、被告人の待つホテルの部屋に行つて、被告人に対し、「あなたの買う二五キログラムのほかにMから私が一キログラム二〇〇万円で一〇キログラムを買い、一緒に日本に運ぶと告げた。」旨供述しており、被告人も捜査段階において、「運び屋グループの覚せい剤を上乗せして運び、それを買う条件で日本に運び込むといつた話をAらから聞いた。」(警察官面前調書)、「Mの覚せい剤を一キログラムにつき二〇〇万円で計一〇キログラム買い、それを含めて三五キログラムの覚せい剤を日本に運ぶことになつたことなどをAらから聞いた。」(検察官面前調書)旨供述していること、加えて、Aは第八回公判においては、「被告がIから入手する二五キログラムのほかに、Aも運び屋のMから一キログラム当り二〇〇万円で覚せい剤を買うことになつたことを被告人に話した。」旨証言しており、被告人も第一三回公判において、「運び屋が、運び賃だけでは金にならないので、自分達にも商売させてほしいということで、キロ数までは決めていないが、一キログラム当り二〇〇万円で運び屋から覚せい剤を買うことを承知した旨Aから聞いた。」旨供述していること等を総合して考えると、被告人は、Aが被告人所有の二五キログラムの覚せい剤に加えて、Aが運び屋から買い取る一〇キログラムの覚せい剤をも一緒に日本に密輸することをAらから聞知し、かつ、これを容認したと認めるに十分である。
そして、右各証拠によれば、AがMから一〇キログラムの覚せい剤を買い取り、これを一緒に運んでもらうことが、被告人所有の二五キログラムの覚せい剤を運んでもらうためにも必要であり、被告人もこのことを認識容認していたことが明らかであること、その他、被告人が右計三五キログラムの覚せい剤が無事日本に到着しAの手に渡るまで台湾に滞在して、Aと運び屋グループとの間の連絡役を勤めていること、被告人が右覚せい剤の日本国内での売り捌き役としてKをAに紹介していること等、証拠上認められる各事実を総合考察すれば、被告人がAらと共謀のうえ、営利の目的で、右三五キログラムの覚せい剤全部について判示第一事実のとおりの罪を犯したと認めることができる。
したがつて、右一〇キログラムの覚せい剤に関する弁護人の主張も理由がない。
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為中、覚せい剤輸入の点は刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条二項、一項一号、一三条に、無許可輸入の点は刑法六〇条、関税法一一一条一項に、関税逋脱の点は刑法六〇条、関税法一一〇条一項一号に、判示第二の一、二の各所為は、いずれも覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項二号、一七条三項(第二の二の所為については、更に刑法六〇条)にそれぞれ該当するところ、判示第一の各所為は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として最も重い覚せい剤輸入罪の刑で処断することとし、各所定刑中いずれも情状により懲役(但し、判示第一の罪については有期懲役)と罰金の併科刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一四年及び罰金六〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中五〇〇日を右懲役刑に算入し、同法一八条を適用して右罰金を完納することができないときは金二万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、押収してあるビニール袋入り覚せい剤白色結晶八袋(昭和六〇年押第二六一号の7の1ないし8)は、判示第一の覚せい剤輸入の罪に係る覚せい剤で犯人の所有(但し、同号の7の1、6、7は共犯者Aの所有)するものであり、また、右は同じく無許可輸入及び関税逋脱の各罪に係る貨物にも該るから、覚せい剤取締法四一条の六本文、関税法一一八条一項本文、三項一号ロにより、それぞれ没収(但し、同号の7の1、6、7については、いずれも第三者所有物の没収手続済)し、更に、右無許可輸入及び関税逋脱の罪に係る貨物のうち二六・八八二キログラムは没収することができないので(関係証拠によれば、判示第一の罪に係る覚せい剤は、少くとも三五キログラムはあつたと認められ、かつ、本件関係分で警察に押収された分が八・一一八グラムであることが証拠上明らかであるから、没収不能分は二六・八八二キログラムを下らないものと認定した。)、同法一一八条二項によりその価格に相当する金額二億六二一一万九七六二円を追徴することとし、(なお、関係証拠によれば、本件で押収された覚せい剤は、その成分が日本薬局方所定の基準に達していないと認められるので、その乾燥減量の平均値をもとに、本件で没収することができない覚せい剤の重量を、右基準に達する覚せい剤の重量に換算したうえ、国内唯一の指定覚せい剤製造業者である大日本製薬が国内の覚せい剤施用機関等に販売する価格〔一グラム当り一万円〕を基準にして算出した価格を同項の「犯罪が行なわれた時の価格」と解し、追徴額を算出した。)、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)<省略>
(裁判長裁判官大野孝英 裁判官飯渕進 裁判官堺 充廣)